キリンの「クウ」が亡くなりました
GWの中盤頃から、餌を食べず排便も途絶えたキリンのクウが11日早朝に亡くなりました。この間約10日間にもわたり、顧問をはじめとする全国各地の動物園の獣医さん、畜産系の獣医さんには、症状にあわせて治療方法投薬等の問い合わせにお答えを頂き、なんとか持ちこたえてきましたが、11日6時38分に「今報告があり、首も横になりました」とのメールを受けました。即刻生死の確認の連絡をしましたが、ほどなくこと切れたとの第2報を受けました。この間、連日にわたり、担当スタッフや獣医師は献身的な治療を行っていました。他の動物園でも前例のない症状で、手探りの中で進めていました。関わって頂いた方々のご尽力に感謝申し上げます。
即日解剖が行われて、第4胃の穿孔、腹膜炎、心外膜炎、出血性大腸炎並びに肝臓の変性が認められました。死因はこれらが複合的に重なったものと思われます。病変部分については、現在精密検査中です。なお、骨格はアジアゾウのイズミを収容して頂いた大阪市立自然史博物館に寄贈し、学術研究に活かされることとなります。
クウは平成16年の春にみさき公園に来ました。私がまだ園長だった頃です。その年の冬から春にかけてキリンのコウイチ、マギーが相次いで亡くなりました。コウイチは安佐動物園から、マギーはアメリカのデンバー動物園から来た「アミメキリン」でした。いよいよ繁殖が期待出来るというときになって、2頭は亡くなりました。 「キリンのみさき公園」を自負した時期を知る公園スタッフが、開園以来はじめて「キリンのいないみさき公園」になったことを落胆し、「キリンのみさき公園にキリンがいないことは耐えられない」「遠慮せずにキリンを入れてくれ、俺たちがなんとか切り詰めて予算を浮かすから」といわれたことを覚えています。
そういう公園スタッフの思いが生み出した予算で、八方手を尽くしてやってきたのがクウでした。クウのおじいさんはみさき公園産のアミメキリンです。しかし、クウはアミメキリンという亜種には分類されていません。園でもクウのことは「キリン」と表示してきました。動物園が「種の保存」を大事な使命とするなら、クウを飼育する意味は何か、というようなことを、その頃の私はずいぶん考えていました。なぜなら、遊園地のある動物園(動物園のある遊園地)のみさき公園はどうすればいいのか、ということとクウの飼育の意味が重なってずいぶん悩んでいたからです。動物園が営利目的の珍奇な見世物であってはならない・・・。動物園は種の保存を使命とすべきである・・・。ならば、クウを飼育したい、みさき公園を存続させたいということは、「一体何のためになる」のか・・・。
クウを飼育することを決め、彼が来園する前に、長年キリンと関わって来られた顧問のN先生に、お伝えしたことがあります。N先生は、「みさきの縁つながりのキリンが来て良かったね」とだけ言われました。昨年お亡くなりになった東武動物公園の西山登志男名誉園長をして、「キリンはNさんが手塩にかけたみさきのでなければ」と言わしめた時代を作った元獣医園長さんは穏やかにそういって、来園するクウのことを認めてくれたことをいまさらながらに思い出します。
クウは存続とリニューアルが決まるまでのみさき公園の苦しい時代、スタッフがなんとか小さな工夫を重ね続けて、道を切り開いていくときの先頭にたった動物だったと思います。動物園の飼育動物に対して「戦友」という言葉が当てはまるのかどうかは分かりませんが、クウは「戦友」だったと思います。
穏やかでのんびりとした性格で、お客さまからも、スタッフからも誕生日のお祝いを受けるほど愛されたクウ。担当の飼育スタッフは本当に一途にクウの飼育にあたっていました。たぶん、彼女がクウのことで伝えたかったこと、伝えたいことは、たくさんあるだろうと思います。その一端はリッピさんのブログが伝えてくださっています。クウのことを覚えて頂いている方がありましたら、在りし日のことを思い出していただければと思います。残されたセンイチのことも気遣って頂いています。
クウ。その魂は、静かな淡い光を放ちながら、海風の吹きすぎるみさき公園の「空」を、どこまでも高くのぼり続けているにちがいありません。
クウの冥福を祈ります。
見上げても 見上げてもなお 届かざる 空にかざすや 樫の木の枝
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コメント
体調が悪いと聞いていて、
11日に行こうと思っていたのですが私が体調を崩してしまい行けなくて…
ものすごく寂しいです。
ご冥福をお祈りいたします。
投稿: | 2008年5月13日 (火) 20時44分
キリンが間近に見られるみさき公園だったのに…
クウのご冥福をお祈りします…
投稿: ずう | 2008年5月13日 (火) 23時57分
「アミメキリン」ではなく「キリン」の表示であったクウはいつも気になる子でした
クウが来園した経緯を教えて下さってありがとうございます
クウのおじいさんはみさき公園産のアミメキリンだったのですね
クウにもみさきの血が流れていたのですね
クウは繁殖という形で血を継げませんでしたが、多くの人に愛される「みさきのキリン」であることには間違いないと思います。
心から冥福を祈りたいと思います
投稿: リッピ | 2008年5月14日 (水) 22時05分
皆様、コメントありがとうございます。キリンが間近で見られるみさき公園ということはありがたいです。キリンは平和の象徴なんですね。動物園は平和なりと唱えられた古賀忠道先生がはじめて設計されたのが、私たちのみさき公園。その動物園がキリンを沢山各地の動物園に送り出したことは何か運命的なものを感じています。残されたせんいちが元気に過ごせるようまたスタッフが奮闘してまいります。ご声援をお願いします。
投稿: みさき公園支配人 | 2008年5月20日 (火) 18時42分
遅コメですみません。
“クウ”亡くなったんですよね。。。
うちの次男のあだ名が“くち(空)ゃん”だったんで印象に残ってるゾウさんだったんですが・・・
次男にその事を話するとものすごく寂しがってました。残ったせんいちが元気に過ごせるよう応援してます!!
PS.話変わりますが南海ホークス復刻ユニフォーム試合うれしい限りです・・・
投稿: てつっち | 2008年7月 8日 (火) 16時21分
てつっち様、コメント有り難うございます。クウはキリンでした。ゾウの名前は「イズミ」「ミドリ」といいました。せんいちのこと、応援ありがとうございます。
復刻版ユニフォームですが、私はグッドウイン選手のユニフォームを会社からもらいましたが、今はどこへやら。
投稿: みさき公園支配人 | 2008年7月10日 (木) 23時02分
すみません。キリンとぞうを間違えて書いてしまいました。。。
何年か前の戦隊ヒーローショウを見に行ったときに司会のお姉さんが新しい仲間“くうちゃん”のことを紹介していたのを思い出します!
投稿: てつっち | 2008年7月16日 (水) 07時45分
てつっち様、わざわざありがとうございます。ヒーローショーのお姉さんにも関わっていたりするんですね。うちならではの広がりです。
投稿: みさき公園支配人 | 2008年7月19日 (土) 14時12分